ルーヴル美術館の北を走るリヴォリ通りを渡ると、パレ・ロワイヤルがあります。もともとパレ・ロワイヤルはルイ13世の宰相リシュリュー(1585年から1642年)の館でした。1642年リシュリューの死後、1644年ルイ13世の王妃アンヌ・ドートリッシュが、2人の息子ルイ14世とフィリップ・ドルレアンを伴ってこの館に移り住んだ頃から「王宮」(パレ・ロワイヤル)と呼ばれるようになりました。(1644年 日本は江戸時代前期です。将軍は江戸幕府第4代徳川家綱)
王宮となったパレ・ロワイヤルでしたが、その後、実際の王宮はヴェルサイユに移りパレ・ロワイヤルはルイ14世の弟のオルレアン公の所有となります。そして、1784年にオルレアン公5代目のフィリップ・ドルレアンが中庭の回廊を改装してショッピングセンターに変えました。パレ・ロワイヤルのアーケード商店街にはパリで最初の高級レストラン<カフェ・ドゥ・シャルトル(Cafe de Chartres)>がありました。皇帝ナポレオンは妻ジョゼフィーヌを誘ってこのレストランに通ったそうです。1820年にジャン・ヴェフール(Jean Vefour)によって買収され、ル・グラン・ヴェフール(Le Grand Vefour)という名前になり現在もパリで人気の高級レストランです。フランス革命(1789年7月14日から1795年8月22日)勃発の場としてかかわったパレ・ロワイヤルは、革命後、商業の活気を失いました。
(1789年 日本は江戸時代後期です。将軍は江戸幕府第11代徳川家斉)
現在パレ・ロワイヤルはフランス共和国の所有物です。国務院(諮問機関と裁判所の役割)、中庭、中庭を囲むアーケード、ギャラリー、コメディアン劇場、緑豊かな静寂のかつての盛り場散策路です。
私が印象に残ったのは、連続した円柱です。この円柱は、ピレネー山脈の大理石によって造られ260本あるそうです。
パレロワイヤル(Palais-Royal)
Bonjour


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